昭和四十一年十月二十日 朝の御理解
先日山口県の或る教会からお届けのお手紙を頂いた。その先生はその教会に後妻に行かれた、ご主人が亡くなられた、そして先妻のお子さんと、それから自分の子と( )先生が亡くなられてその後に教会の養子になられた、相当立派な教会が出来た、ところがその時に百八十万という借財が出来た。
三代金光様がおいでる時には、もう何かに御神意をおうかがいさして頂いて、右左を頂かしてもろうてから進めておられた、親教会と或る、成程私が聞かして頂きましても、それぞれ矢張り親教会との縁を絶つより、ほかになかろうと思われるような事件があって、もうとにかくどこにすがり、どこに頼る様子も無いところに、たまたま椛目の話を聞かれた。お参りされたのは一回きりであった。
一晩泊りで見えられた、もうそれからというものは、もう何と云いましょうか、例えて云うなら先日から御本部参拝があった。その御本部参拝のことに至ることまでお伺いされた、御本部参拝のことにいたるまでお願いを去れた。もう教会の信者のちょっと変わったお届けは必ずもう、それこそ実意丁寧を極めたお手紙をいつも頂く又はお電話をいつも頂くのです、自分も先生のお手紙に書いて御座いますが、一回しかお参りしたことの無い椛目に、又はその先生にこういうようなことまでお届けをしたり、お願いしたりして相済みませんけれども、現在の私は頼り、すがるところが無い、ただ頼りにしとりますから、どうぞよろしゅう、という( )そしておかげを受けられるんです。ひとつの、このもうすがりきるために生きるということが、有難いですね、ところがその次に三つの問題をどうぞ御神意のままに動きたいと思うから、私にそれに対してどういう考え方、どういう思い方、どういう在り方にならして頂いたらよいか、どうぞ御神意をうかがわせて頂きたい。ですからご返事を頂きたいというようなことは云われんですね。ですから何月何日何時頃にお電話をさして頂きますから、どうぞご返事を頂きたいというお届けである。丁度その手紙も昨日の八時半頃に、お電話をさして頂きますからと、そしたら九時ちょっと前にお電話がかかってまいりました。一つは百八十万という借財のためにですね、毎年年二回の利払いを長い間続けてきた、ところがその元金の方には全然そのまあおかげ頂けない訳なんですね、もうそれで、いうなら頭かかえておられる訳なんです、その事( )書いてございました。次にはいわゆる先妻のお子さんと、ご自分のお子さんが現在大学です、それから先妻のお子さんは、奥さんをもらって外に、自分はお道の教師にはならんと、と云うてその外に職を求めて出ておられる。それで兄さんがあとを継がんなら、僕があとを継がせてもらおうと云うて、現在大学に行っておるのが、大学を卒業したらという風にしたいと思うんですけれども、自分の子供、又は先妻の子として区別をしとるとはおもいません、ですから出来れば先妻の子にあとを継いでもらいたいのでございますけれども、それでお道の教師になる事を嫌って出ておりますから、どちらにいたしましても、その二人の子供に道をつけてやらなければなりません、いわゆる方向付けをしてやらねばなりません、親として、ですからその二人の子供の上に、どういう方向に進むように指示をし、又云うてやったらよいか、教導してやったらよいか、ということが二つ目、次には農協関係、何か保険のようなものに加入してある、めいめいまあ相当まとまった金額の掛け金をしなければならない、それをその保険を続けたらよいか、やめたが良いか、御神意を頂きたいというその三つのお願いやら、お伺いであった。皆さんその事を聞かれてから、私ならこうというようなものが心の中に感じられなかったでしょうか、椛目の信心を頂いておったらもう、こりゃお伺いをしなくてもかくあるべきだ、こう道を進めると、私はその第一のことについて、こう申し上げました。
先生借金のことはもうお忘れなさい、と私は申しました。借金をしておる、それだけ大変な金額の借金がいつもあると、こう心の中に思うたり、それが重荷になっておったんではですね、おかげになりません、そしたらやっぱ先生ですね、私がその事を一言云いましたら、ああ先生そうでした、と云うとられます、ね、ご自分で思い悩むことではありません、三代金光様の御神意を頂いて、そして御普請をなさったんです。その借金を自分の借金、ああいつも借金を持ってからというその幸いに月に二回の利払いだけは、長年の間出来てきとるじゃないですか、それでいいんですよ、それでも矢張り心配なる。心配なるならばその心配が吹き飛ぶ位に改まりなさいませ、修業なさいませ、その借金のことを頭においちゃいけません、それが重荷になっちゃいけません、それではもう、それだけをああたがいっぱい持っておられたら信者の者は誰が持ちますか、信心の難儀は誰がもつか、取次の教師がもってやらなきゃ誰が持ってやるか、どんなに例えば難儀をもってきても 例えばどんなに借金を持っている信者がやって来ても、それを打ち抜き、あなた達が知っとるように、これだけの借金を持っとるよ、けども私ゃ自分で払おうとは思わん、神様に払って頂かねばならんと思うとる、幸い利払いだけは私ゃ出来とるとじゃから、いわば借金な無かつも有るとも同じ事、ここにおかげを受けられるもとがあるんですよと、そしてどうでも矢張り心配になるならばです、そこんところを本気で改まらして頂き、本気で修業さして頂き、ふんぎりをつけるところに ふんぎりをつけさして頂くところにです、神様がおかげを下さるだんになったらもう、それこそまたたく間なんです。
私はその事をお取り次さして頂きながら、久留米の初代のことを心の中に描いてから、それを私は確信もってお伝えさして頂いた。久留米の石橋先生ですらです、毎年毎年例えば利払いなさることが矢っ張り難儀であった、ああ今年も又利払いで終らんならんかと、こう思われた時にです、四神様のお声で八百俵の徳を授けると仰った。当時の借金が八千円じゃった、当時の米の相場が一俵十円であった、成程八百俵の代金を頂くなら八千円で、それでしまえる、けども八百俵の徳を授けると仰った。私はその山口の先生にです、例えば百八十万の徳を授けようとしてござると私は思うのです。
ですからそれだけの、それで久留米の石橋先生はです、ああ本当に自分でばし払うごと、よし、神様が八百俵の徳を授けて下さるなら、それを頂くぞという、元気な心でそれをお受けになられてから今までとは違った信心の生き方をなさった。もうそれこそ、またたく間であった、と十何年間それこそ用意の出来なかったそれが、もう一年足らずでおかげを受けられたという、これはお話ではありません、事実そうなんです、そのことを私は思わして頂いた。はあこの先生に神様は百八十万の徳を与えようとして御座る、百八十万の借金払いが出来たってどうなるか、百八十万の徳を頂いて(
)百八十万をもって、どがしこということになるのです。椛目的な考え方ですね、ああほんと、いつまで経ったら百八十万のこれだけは、頭を痛めとります、もうこれだったらほかのもんはもてんじゃないか、もうそげんちぢこまってしまうんですよ。
先生利払いが出来とりゃもう結構ですよ、いつまで払わんならんとか思いなさいますな、銀行では利子払いよりゃ誰も云わんとじゃから、だからそれだけのお徳を受けなさるという事にです、私は精進なさること以外に無いと、恐らくその事だけでもはあ、もうおかげ頂きましたというような感じが伝わってくる感じが、それから二番目の息子さん達の問題、先生自分で方向付けられるというようなことは折やめなさいと私は申しました。子供達に自分で方向付けてやろう、こういう道を自分で開いてやろうと、そういう思いを先ず捨てられなきゃいけませんよ、そしてただ願いとするところはです二人の子供がどうぞお道の御用に立たせて下さることを願いなさいと私は申しました。二人共金光様の先生になんなさいますように、ああたがそういう願いなさるなら、すると長男が教会を継ぐ、又は次男が継ぐ、そこは分からないけれども、そこはです、矢張り二人の息子を持っとるなら、二つの教会が出来なければ、お道の教師としての値打ちが無い、自分で方向付け、自分で子供達のことを心配してやる、という思いを捨てて神様に一心にすがりなさい。
二人の子供の本当の道というのは、神様がつけてくださるんですよと、私は云いながら、末永さんとこの事を考えた、心の中には、長男がお道の教師をせんち云うてから、保険の外交どもしよる、ところがです、あちらの親先生の祈り、願いというものはです、どうかその長男がお道の信心を分かってくれるように、又は私のあとを継いでくれるように、といういわばやむにやまれぬ願いを持っておられるに違いなかった、と私は確信しとる、その願いが報いぬ筈が無い、お前が自衛隊に行きたいなら自衛隊に行け、保険の外交しよるなら保険の外交をいわばさせておられた訳なんです末永さんを、その末永さんがたまたまここに御縁を頂いてから、ここに一年あまりでしたでしょうか、一生懸命信心修業に通いました。しているうちに( )もうそれこそ荒地の布教でもやらしてもらってもいいというような度胸が出来た。家内子供を壱岐の方に帰らしてから、自分は現在御本部修業中、お父さんがどんなに云われたっちゃ出来ることじゃないでしょうが、ただお父さんの祈りというものが、そういう風に表れてくるんです、今建郎さんの場合もそうなんです、こうして朝に晩にこうして一生懸命通うてくる、そして本気でお道の信心を体得さして頂こうとする体制になっておる、これは、ひとえにお父さん、いわゆる親先生の願いが、そういう風に椛目に表れておるだけのことなんです、これが私の生き方なんだ。ね、おまや教会の息子に生れてお道の教師にならなきゃどうするか、私のあとを継いでくれなきゃどうするかと、いくら云うたつていやち云うたら、それまででしょう。これが椛目的な信心の頂き方であると、私は思うんです。三番目の保険の問題、もう今までかけておられるかどうか知らんけれども、第一保険といったようなものはですね、もう全然教誨ではかかりならんがいいですよ、もうこりゃそのままお止めなさい、と云うたら、はあもうそりゃ止めさして頂きます、もうそれこそすっきりしたらしいんですね、いくらかかけとるとがあるけん、やっぱ惜しか、そこに自分のものといったようなものがある訳なんです。折角そしてから理屈の上では、神様の大事なお金をかけとるけんで、お粗末にしちゃ勿体なかてんなんてん云うち拝みる、そしてなら難儀なことにそれだけ、例えばそれだけでも、なら元金が払われていったらいい訳でしょうが、保険というのは、もう先々のことの為なんだ、先々のことを心配するなんて可笑しい、もう現在のこと、今日只今のこと、保険( )なさいませ、先生おかげを頂きました。してから本当におかげ頂きました、何かそしてから、もうその後に何かですね、余裕がこう伝わってくるんです、有難う御座いました。とこう云うて受話器を下ろしたくないという感じが、私もしばらくはその受話器を持ってからですね、おりました。向うでもその先生が何か仰りゃしなさらんじゃろかといったような感じがですね、電話で感じるらしいんです本当に参拝のおかげもよう頂きませずに、こういうお願いを電話の先でさしてもろうたり、お手紙さして頂きましたりして、本当におかげを頂きまして有難う御座いました。ということで御座いましたですけれどもですね、そのなら三つのことについて、私が皆さんに分かって頂きたいこと、いわゆる私の生き方というよりもです、椛目の生き方というよりもです、そういう状態に私共がならなければこれは何かに、同じ理屈ですからおかげも頂けません、お徳も頂けません、是非借金払いが出来ますように、出来ますようにと云うて願うよりもです、さあ出来たところが出来ただけでしょうが、その借金が大きければ大きいだけ、それだけの力を頂かなきゃダメなんです。ですから( )出来とるならそのことだけでも、もう借金な無いものだと思うたらもう楽になる、私共の以前のように、それこそ、そのやのつけ、ひのつけ、その私共の場合は元も利も払えなかった、ですからそれこそ( )とでも申しましょうかね、もうその借金取りの事を( )と鬼のようなものと昔から申しましたように、それはさいなまれました。それならばまだいくらかじゅつないですけれどもね、それもさいなむものはないです、ただ自分で自分の心を責め、さいなんでおるだけのことなんです。それではおかげ受けられん、そしてそれだけの力を下さろうとする、神様の御神意を分からしてもろうてです、今まで出来なかった信心を一段と進めてまいりましてから、おかげを頂いたら、本当にもう何時の間にか、あっという間に本当云うたら神様が下さろうということになったら、神様が借金払いなさるのですから、いうなら神様の借金なのですから、そしてその借金を責任もって、いわばそれが自分の名前になっとるならその人ですね、山口先生であり、又は久留米の初代なら、久留米の初代の八千円なら八千円の、いわばそのお徳をです、力をそれによつて下される、これが素晴らしい事ですよね、信心の、一事が万事に同じですから、子供のことでもそうでしょうが、親がこうもしてやらんならん、ああもしてやっとかにゃならん、親の責任として、いわゆる方向付けだけはしてやっとかにゃならん、もう本当に云うたら愚にもつかない、いや神様からご覧になったらです、自分で方向付けてやって、本当の幸せの道のごと思うとる、でも神様の目から見れば、おかしゅうあんなさるじゃろうと思う。ただ放任しておるというのじゃない、神様にすがって、それぞれの道をあけて下され、つけてやって下されという願いを、親がする以外にありませんのです、そういう難儀を先々の為というてお徳を残しておくことは、私はせにゃいかん、火災保険でござい、生命保険でござい、てんで火事のやけた時のことまで心配せんならん、死んだ時のこつまで考えんならん、もう本当に愚にもこれなんかは、まあいうならこれは私のこれが生き方なんです。
そん時、そん時にいつでもおかげの頂けれるだけの、焼けてもかまわん、焼けぶとりのおかげの頂けれる、ちゃんと力を頂かなきゃならんということ、そん時そん時にちゃんと神様がお繰り合せ下さるだけの、信心を頂いとかなければならんということです。
どうぞ